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酒興放論

お気楽に人生を楽しんでばかりいるとバカになってしまうので、せめて1日に1回ぐらいはまとまったことを考えてみようというところから始めたお気楽ブログで、お酒を楽しみながら言いたいことを言うという趣旨です。ふだん、飲み友だちと居酒屋で酒を酌み交わしながら話し、話した先から消えていくような、1話1~2分のたわいもないお話です。心境が変化したら、ある日突然やめるかもしれません。

第72話【税金】九州の金塊は御徒町ジュエリータウンに流れているのか?

東京・御徒町(おかちまち)のジュエリータウンを探検しました。

ここは日本でただ一つの宝飾問屋街で、場所はJR山手線・京浜東北線の御徒町駅南口のすぐそばです。このあたり一帯に100軒ほどの宝飾品業者が集まっていて、指輪、ネックレス、アクセサリー、ダイヤ、真珠、サンゴなどの宝飾品を取り扱っています。

ひと昔前まではちょっと怖い町でしたが、いまでは白い手袋をした若い女性がにこやかに客を出迎える店もあります。卸専門の店もあれば小売りをしている店もあります。高級ジュエリー店が点在する銀座とは違って、御徒町は下町風の独特の雰囲気のある街並みです。

同じ宝飾品を買うのであれば、デパートで買うよりも卸問屋で買う方が安く買えそうな気もするのですが、実はデパートで買うのとあまり変わらないそうです。もしデパートよりも安ければ、誰もデパートで買いませんから、当然と言えば当然です。ただし多少の値段交渉はできるようです。

では、なぜ御徒町に宝飾問屋が多いのかと言うと、それなりの理由があります。

江戸時代、御徒町には徒士(かち)が多く住んでいました。徒士は徒歩で戦う下級武士のことです。江戸時代中期になると彼らの生活は苦しくなって、内職に励むようになりました。地理的に寛永寺、浅草寺などのお寺に近いため、仏具や銀の器などを作る職人が現れ、さらに、浅草、吉原、柳橋などの色町にも近いため、帯留めやかんざしなどの小物を作る職人も現れました。

そして、明治、大正、昭和と時代が進むにつれて、ますます同業者がこの地に移り住むようになりました。第二次世界大戦後、米軍兵士が上野で時計やアクセサリーを売り始めた青空市場がアメ横の母体になりましたが、このアメ横の発展と歩調を合わせながら、御徒町の宝飾問屋街も発展し現在に至っています。

ところで、私が御徒町ジュエリータウンに足を運んだのは、第70話【税金】あっ、その指輪!脱税絡みかも !? にあるように、最近、九州で金塊絡みの事件が頻発しているからで、その金塊の行き先が御徒町かどうかを肌で確かめるためでした。

そして、ジュエリータウン界隈を歩いてみて、九州の犯罪絡みの金塊が御徒町に流れてきているのはまず間違いないと確信しました。

しかし、警察がそれを摘発することはないと思います。

なぜかというと、警察が本気で摘発しようとすると、多くの宝飾卸問屋を倒産に追い込むことになり、御徒町ジュエリータウンの町の灯を消してしまうことになりかねないからです。

ですから、警察としては、御徒町に流れてくる前の、暴力団や犯罪グループの段階で防ぐしかないのだと思います。

2017.06.11
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