ホンダの7人乗りの小型ビジネスジェット機「ホンダジェット」の販売が好調です。今年1~6月に24機納入し、小型ジェット機クラスで世界シェア40%を超えました。
このクラスでは、アメリカの「セスナ」や「エクリプス」、ブラジルの「エンブラエル」が有名ですが、発売後わずか1年あまりで一気にトップに躍り出たことになります。
もともと本田技研の創業者の本田宗一郎は、将来、航空機を開発する夢を抱いていました。
そのため、ホンダのオートバイのエンブレムの「ウイングマーク」は、いつかは空へ羽ばたきたいという願いを込めて作られました。
1962(昭和37)年、ホンダがまだ二輪車しか作っていなかったころに、本田宗一郎は航空機事業への参入を宣言し、2年後の1964(昭和39)年には航空機事業のノウハウ蓄積のために「本田航空」を設立しました。
そして遂に、1986(昭和61)年、和光研究所内に「和光基礎技術研究センター」を作り、本格的に航空機用エンジンの研究を始め、その29年後の2015年12月、アメリカ連邦航空局から機体の型式証明を取得して量産1号機をお客様に引き渡しました。
本田宗一郎の航空機事業への参入宣言から数えて53年後に、その夢が実現したのです。
「ホンダジェット」の価格は490万ドル≒約5億4,000万円です。
すでに50機以上の「ホンダジェット」が飛んでいますが、今のところ大きなトラブルはありません。バックオーダーは150機以上あるようです。
燃費がよく1回の給油で東京~北京間に相当する約2,000kmを飛ぶことができます。
現在、米国で月4機のペースで製造していますが、売れ行きが良いので、今後は月6~7機に引き上げる予定だそうです。
航空機業界は7~8年で黒字化すればOKと言われているようですが、このペースでいくと5年で黒字化しそうです。
航空機業界の利益率は自動車業界とは比較にならないほど高いと言われていますので、近い将来、本田技研のドル箱になるかもしれません。
それに対して、三菱重工業の子会社・三菱飛行機の三菱リージョナルジェット「MRJ」は開発が難航しています。
当初は、2013年に量産1号機を納入する予定でしたが、その後、トラブルが続いて5回延期し、現在は当初計画から7年遅れの2020年半ばにずれ込んでいます。
「MRJ」の座席数は70~90席、受注は447機もありますが、2016年7月を最後に1年以上受注が途絶えています。
また、先月にはアメリカでの試験飛行中にエンジンが停止するというトラブルに見舞われました。航空機のトラブルは生命に直結しますから、まずは信頼性を確保しなければいけません。
絶好調の「ホンダジェット」に対し、トラブル続きの三菱「MRJ」と対照的ですが、これは自動車業界のホンダと三菱自動車の姿を反映しているようです。
三菱は旧財閥系の誇りからか背伸びをし、一足飛びに結果を求めるあまり、手抜きテストや燃費データの改ざんに走り、大きく経営を揺るがすことになりました。
それに対し、ホンダは愚直なまでにテストを繰り返してきました。
三菱自動車が営業畑出身の社長が多かったのに対し、ホンダは、創業以来、社長は例外なくエンジニアです。このトップ人事が企業体質の違いに影響を与えているひとつの要因かもしれません。
三菱が「ウサギ」だとすればホンダは「カメ」です。
「ホンダジェット」は今のところ順風満帆ですが、油断は禁物、浮かれていてはいけません。
技術の信頼性は日々の地道なテストを通じて初めて得られるもので、これがホンダが創業以来最も大切にしてきた伝統だと思います。
2017.09.06