おとといキラーカンの店で飲んでいたとき、近くの席にいた客から「久しぶりですね!」と声をかけられました。
数年前から、お互い、客としては知っていましたが、話をしたことがなく、知っていたのは、日大芸術学部出身の元プロレスラーだということぐらいでした。
ということで、直接話をしたのは今回が初めてでしたが、いったん知り合うと、とても話好きで、適当に合の手を入れると、いつまでもしゃべり続けるような人でした。
波乱万丈の人生で、こんな人生もあるのかと思いました。
・父親はギリシャ系アメリカ人、母親は日本人で、横須賀生まれのハーフ。
・英語環境で育ったので完璧なバイリンガル。
・現在は60代半ば過ぎ、日本とアメリカの二重国籍。
・内閣官房長官やいろいろな大臣を歴任し、今年5月に亡くなった与謝野馨の甥。
・顔はどちらかと言うとアメリカ人。
・子どものころは「あいのこ」といじめられながら育つ。
・父親がベトナム戦争で戦死してからは母方の祖父のもとで育てられる。
・母親が横須賀に開いた店にはいろいろな芸能人やスポーツ選手がやってきていた。
・デビュー前の矢沢永吉はこの店でバーテンダーとして働いていた。
・日大芸術学部に入学、学生の傍ら、キックボクサーとなる。
・リングネームはリックレイジャクソン。
・その後、覆面レスラーとしてデビュー、リングネームは初代のマスクドゼロ。
・アメリカで転戦、40年ぐらい前にキラーカーンと知り合う。
・身長174cmと、レスラーとしては小柄。
・プロレス引退後は映像の仕事に携わる。
・イラクの動乱、アフガニスタン紛争の際には衝撃的な映像を現地から日本に配信。
・ルーマニアのチャウシェスク大統領の銃殺刑の現場にも立ち会う。
・今でも放送業界で生きている、
という内容だったと思います。
話に多少の脚色があるかもしれませんが、基本的にはその通りなのだと思います。
過酷な環境の中で、スポーツで鍛え上げられた屈強な身体と得意の英語力で取材して、現地から日本に映像を届けるような仕事で、今でも世界を飛び回っているようです。
危険と隣り合わせのところで働いている人たちがいることは知っていますが、まさかそのような人がこれほど身近なところにいたとは思いませんでした。
2017.09.02